どーも、ヤギッチです♪
つくば市神郡の「蚕影(こかげ)神社」は、養蚕の神を祀る日本一社の神社。
養蚕業は、つくばが発祥の地とも言われています。
その蚕影神社で行われる春の例祭「蚕糸祭」に、以前ご紹介した筑波山麓で活動している社会人サークル「わた部」の方と参加してきました♪
ウグイスの「ホーホケキョ♪」をBGMに、オドリコソウやホトケノザなど植物のレクチャーを受けながら、のんびり春の筑波山麓を散策!
そこに現るけっこう急な石段…。
205段の階段を、ぜぇぜぇ言いながら(私だけ?)登りました(^^;
群馬県の富岡製糸場を代表とするように、かつて日本は養蚕業が盛んでした。
もちろん筑波山麓でも養蚕業は盛んで、この地域のお年寄りに話を聞くと「お蚕は女性の仕事だった」など、当時の話がたくさん出てくるそうです。わた部では、そういった先人の知恵も参考に、木綿や蚕などを育てています^^
その頃の蚕影神社は、全国各地の養蚕業関係者が参詣し、賑わいました。
この日も、栃木県や千葉県から参列した人がいましたよ♪
「祖父・祖母が養蚕業をやっていて、小さい頃は僕も蚕影神社に参拝しに来たんですよ。蚕糸祭の前日は、家中を掃除して身奇麗にして参拝するんです。家に帰ってお酒を飲んで、次の日から仕事始めになる…。お正月みたいな感じですね」
養蚕業が廃れるにつれ、蚕影神社へ訪れる人も年々減りましたが、わた部のような地域の方の活動により参拝する方も復活傾向にあります。
筑波山神社の宮司が祝詞を奏上。参加者は榊を供え、お神酒をいただきました。
儀式の後、筑波山神社の宮司がとても良いことをおっしゃっていました。
「この儀式は、祈りを捧げる儀式です。秋には実りへの感謝の儀式があります。祈りと感謝、祈りと感謝を繰り返しながら、人は生活していくもの。人間は、植物や動物の命を頂いて生かされている生き物です。昔の人は、蚕の命を頂いているのだという意識を持って、衣服を纏っていたんじゃないでしょうか?」
唐突ですが、この地区に伝わる「金色姫の伝説」をご紹介♪
昔インドのお姫様が、継母に虐められ、桑の木で作った船で流されてしました。
流れ着いたのが、「豊浦」と言う地。(昔、筑波山麓地域は海だった!)
漁師の権太夫夫婦は、姫を看病しますが亡くなってしまいます。夫婦は悲しみ、唐びつを創って姫の亡骸を納めました。
その夜、権太夫の夢の中で、姫が「食べ物をください」と訴えます。
翌朝、権太夫夫婦が棺を明けると、亡骸は無く、蚕がたくさんいました(上写真)。
夫婦は、姫が桑の木の船に乗ってきた事を思い出し、桑の葉を与えます。
やがてその蚕は繭を作りましたが、繭をどうして良いのか分からず困っていた権太夫。再び夢を見て、筑波山の仙人から糸をくくる方法を教えてもらい、養蚕を営みました。
養蚕業で栄えた権太夫夫婦は、姫の魂を中心に、左右に富士山・筑波山が来るような場所に、建物を設立。
これが蚕影神社の起源と言われています。
…信じるか信じないかは、あなた次第!
以上、205段の石段に筋肉プルップルのヤギッチがお送りしました♪